07-08-18

ロワール・シャルトル、27年ぶりのセンチメンタル・ジャーニー

1. 27年前の3枚の写真と記憶を頼りに、当時の現場を訪ねてみた。

@"あなたは、終生、当組合員として、当組合のワインしか飲まないことを誓いますか? はい、誓います"と一息に銘酒を飲干し、"固めの儀式"で会員全員の拍手と共に、

"1980.07.05 ロワール・グランゴジエ・ワイン醸造組合は、貴台を当組合の名誉会員に任命します。組合長 フェルナンド・ゴチエ"と記された会員証を授与されたがことが、つい昨日のように思い出される。

070818loire80-1 "固めの儀式"とグランゴジエ醸造組合名誉会員証。この中で左端の女性のみ健在


A1980年7月6日付地元紙掲載の記念写真だけが、この醸造組合探索の資料であった。
 今、この中で、↓のお二人が元気で、右の↓が現組合長 フランソワ・ジロー氏

070818loire80-2 当夜、夕食会に招待されたが、毎年の継続購入契約を忘れ、実現を考えた


2. グランゴジエ組合長をインターネットで検索して、現組合長 フランソワ・ジロー氏の
TEL、私書箱がわかったが、"固めの儀式"と夕食会の場所は不明。

 宿泊ホテルは、場所と景色の記憶を頼りに予約したが確証はなかった。

 この他、今回の訪問ルートは以下の通り。

070818loire80-3 ブロワ⇒グランゴジエ⇒アンボワズ⇒クロ・リュセ⇒シュノンソー⇒ホテル⇒シャンボール⇒シャルトル


3 .この季節、ロワール川流域はお城巡りの観光客で賑わう。特に英語、ドイツ語が耳に入る。
 ブロワとオンゼンのツーリストオフィスでグランゴジエの通りと番地をを聞きだす。

 自宅兼事務所の広い庭には、古いブドウの搾り機が一台置かれ、片隅の大工小屋を覗くと老人が一人電動ノコギリで日曜大工を楽しんでいた。

組合長のジロー氏の自宅はどこかと聞くと、"自分だ"言われびっくり


4 .会員証明書、儀式、新聞記事の写真を見せると懐かしそうに、当時のものとすぐ確認できたが、
@既にこのカーブは入り口がぐずれたため現在閉鎖して、儀式はカーブの上にあるショーモン城で行っている。
A"固めの儀式"写真の内、健在はひとり、他は他界。
B新聞写真に自分がいる。
と教えてくれた。

 広い芝生の朽ちた絞り機に場を移し、当時の思い出話に花が咲いた。

070818loire62w グランゴジエ組合長宅兼事務所


070818loire59w ふたりで27年前の写真を見ながら、感慨に浸る


5. グランゴジエを訪ねたもう一つの理由は、毎年の継続購入契約の実現である。
当時、契約を忘れ残念に思っていたが、今回の訪問で、楽しい思い出と格安の値段でうまいワインを楽しむことが実現できた。

 パリに直送してくれるという。今年分324ユーロを小切手で払った。

トレヌ・メラン 2006 白辛口 9ユーロ/本 x 12本 108ユーロ
同上            ロゼ  同上
同上            赤   同上   
 
ワイン銘柄トレヌはロワール右岸・左岸に別れ、さらに銘柄は畑により細分化している


0070818loire80_5w トレヌ・メランの歴史詳細。ゴチエ家5代にわたり品種改良に務めた


6. 既に7年前に閉鎖された"固めの儀式"を行ったカーブ(洞窟)の住所を教えてもらい、17−19 マルシャル・ド・ラトル・ド・タシニへ行ってみた。

 ちょうど組合の対岸のショーモン城の真下で、番地以外の証人を探してみた。

 年寄りの通行人、薬局、ホテル、ツーリストホテル、レストラン、タバコ屋、次々に教えられたとおり当時のことを聞いてみたが、誰一人応えることが出来ず、時の流れを感ぜずにはいられなかった。

0070818loire69w 街道筋に番地以外当時の証拠物件はなし



0070818loire73w カーブの上には、ショーモン城への案内道路が新設され、多くの観光客が上っていた


7 .しかし、11世紀以来のぶどう栽培は営々と続く。毎年11月、2月の年中行事には招待してくれるとジロー組合長は言ってくれた。

 27年前と同じ気分で、素朴なぶどうつくりの人々と地のワインを飲みながらの夕食を今から楽しみにしている。 

0070818loire80_6w グランゴジエ醸造組合の正装と紹介パンフレット


8. 懐古の夢うつつからさめて、一路西へ15km左岸を行く。アンボワズの手前に当時義母含め家族で泊まったシャトーホテルがそのまま残っていた。

 1560年ユグノー新教徒大虐殺のあったアンボワズ城を抜けて、レオナルド・ダビンチがフランソワ一世にイタリアから招かれ、唯一モナリザを持って移り住んだクロ・リュセ館へ。ここから城が遠くに見える。

 ダビンチは天才で数々の機械・道具・武器などの発明をし、デッサンや模型が地下に展示されていて興味深い。外の公園には、実物大の模型がこどもたちの遊び道具となっている。

0070818loire121w 多彩な発明で正に天才。所々にダビンチの"名言・格言"もあり


9. 陽の高い内に欲張って、東へ戻り、ロワール支流のシェール川を跨いで造られた名城・シュノンソー城へ。

 6代にわたり、女城主が続いた16世紀来の瀟洒な城である。アンリ2世の寵妃で2代目の城主ディアーヌ・ド・ポアチエを、王の死後、正妻のカトリーヌ・ド・メディシスが彼女を追い出し、3代目の城主となった女の怨念がすざましい。

0070818loire121w シュノンソー城の清楚な姿にも、歴代の女性城主の争いがあった


10. さらに北東へ15km、ウッシャの森の中に昔修道院だったあとを改造した、ランドホテル、ラ・クロスリがある。

 森と池に囲まれた本当に静かで安らぐ3つ星ホテルだ。正確な情報は全くなしに土地勘で予約したホテルは、正にそのホテルだった。

 最後に残っていた3ベッドルームを5人で寝たが楽しかった。ディナーも落ち着いたレストランで、例によって、夫々の注文品を少しずつ取り合って楽しむ方法で堪能した。

0070818loire200w 森とテーブルとプール


0070818loire204w 赤い花と平屋の各部屋が並ぶ


11. 8.19日 静かな中世音楽がながれる優雅な朝食を済ませ、シャンボール城へ出発。
 レオナルド・ダビンチの設計で城全体が土台から眺めることが出来、なおさら美しい。

 昔、長女と来たはじめてのロワールの城へ、その子供たちと再び訪れることが出来た。ここでも当時の素朴な城は観光化していた。
小雨が降っていたので、遠くから写真に収めて、シャルトルへ急ぐ


12. 最後の予定地シャルトルのミサに間に合うよう急いだが、到着したのは12:30だった。
 既に、ミサは終わり、大聖堂は静寂を取り戻していた。しかし、折から、大パイプオルガンの荘厳な調べが、高い天井いっぱいに反響していた。

 何度か訪れたことのあるこの大聖堂だが、歴史の重みと究極の宗教と芸術の真髄に触れて、どういうわけか感動の振るえが止まらなかった。
 
 きっと、27年ぶりのセンチメンタル・ジャーニーのなせる業かもしれない。

0070818chartres227w 遠くにシャルトル大聖堂が見えてきた


 いつものように大聖堂前で記念撮影、尖塔がやっと入った